LifeとWorkと平穏と

うつ病からの回復過程の中での共働き子育ての日々を平穏に過ごすために行っている事などを書きます

話を聞くということ

6回目は、今日の出来事を書きます。

 

 

話を聞くということ

今日は職場の後輩君と大きな公園で夕方散歩をしました。

 

後輩君とは、私が休職に入ってしまう前(約2年前)まで2年ほど一緒に仕事をし、プライベートでも飲みに行ったりしており、私の事もよく知ってくれています。

そして、とても仕事ができる、尊敬できる仲間です。

 

そんな後輩君は、入社3年目なのですが、優秀なためにベテランでも難しい仕事を与えられ、毎日いっぱいいっぱいになっていて、さずがに最近元気がなくなってきており、心配していました。

コロナ前までは、お昼ご飯を一緒に食べ、何気ない会話をして仕事をしてきましたが、今ではお互いに在宅での仕事となっていることから、滅多に顔を合わせることもなく、元気がないという事だけが私の耳に入っていました。

 

そして今日、そんな後輩君から他愛もない内容のメッセージが届きました。午後はお休みだったようで、特に中身のない会話をやりとりしていた時に、私から外出て気晴らしをしようと提案し、散歩をする事にしました。

 

私は仕事でしたが、後輩君と喋れるタイミングは次にいつ来るかが分からないので、早めに仕事をきりあげました。

仕事はフレックスタイム制なので、時間管理については自由がきくのです。

 

公園内を歩きながら、今の状況についてどう感じているか、どうしたいのかを話してもらいました。

 

話してもらいながら、私の考えも伝えました。

 

 

しかしながら、果たして伝える必要があったのか。

話を聞くだけで良かったのでは? と振り返っています。

私の考えを伝えたところで状況は変わらないからです。

 

話を聞いて、普段の空間から引っ張り出してあげて、体を動かしながら、他愛ない話をして、気分転換出来ればそれで良かったのではないかと。

 

後輩君は、私に何か言って欲しかった訳ではない。

何だか余計な事を喋ってしまったかもしれません。

 

こういったところも少しずつ変わっていきたい。

次からは気をつける。

 

 

話を聞くということ。

 

人の話を聞くと言うことは、話を聞いたうえで自分の考えを話すのではなく、人の話を聞いたうえで、話してくれた人が何を求めているのかを考えることではないだろうか。

 

とはいえ、後輩君は散歩の後に気分転換になったと言ってくれていたので、少しでもそうなっているのであれば、良かったなー。

 

また、誘ってみようと思います。